安井金毘羅宮は縁切り神社?【京都の寺社100選】(東山区)

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京都に「縁切り神社(えんきりじんじゃ)」と呼ばれる神社があるのをご存じでしょうか?悪い縁を切って良い縁を結ぶその神社は「安井金毘羅宮(やすいこんぴらぐう)」です。この記事では安井金毘羅宮について詳しく解説しますので、ぜひ参拝時の参考にしてください。

安井金毘羅宮は縁切り神社?歴史やご利益をご紹介

縁切り縁結び碑
縁切り縁結び碑

観光客のAさん
観光客のAさん
安井金毘羅宮は縁切りの神社ですよね?

悪縁を切って良縁を結ぶ神社ですね。
神主さん
神主さん

 

縁切り神社と聞くと、なにやら怖い感じがするかも知れませんが、そんな神社が京都市東山区に存在します。縁切り神社と呼ばれる安井金比羅宮について、まずは以下内容を見ていきましょう。

  • 安井金比羅宮の歴史
  • 安井金比羅宮の神様やご利益
  • 縁切り縁結び碑

安井金比羅宮の歴史

天智天皇(てんちてんのう)の時代(天皇だった時は668~671年)に、藤原鎌足(ふじわらのかまたり)がお堂を建て、一族を祈ったのが藤寺というお寺です。藤が植えられていたため藤寺なのですね。時代で言うと飛鳥時代の頃です。

平安時代の崇徳天皇(すとくてんのう) (天皇だった時は1123~1141年)は、この藤を気に入られており、愛する阿波内侍(あわのないし)という女性を藤寺に住まわせました。

崇徳天皇(すとくてんのう)がその地位を退き、上皇(じょうこう)となったあと、保元の乱(ほうげんのらん)(1156年)という戦いがありました。

崇徳上皇は保元の乱に負けて、現在の香川県である讃岐(さぬき)に流されました。崇徳上皇(すとくじょうこう)が讃岐の地で亡くなられた時に、阿波内侍(あわのないし)は崇徳上皇からもらった肖像(しょうぞう)をお寺の中にまつりました。

平安時代の終わりごろ(1177年)に、大円法師(だいえんほうし)という僧がお堂にこもった時に、崇徳上皇が姿を現したので、そのことを時の権力者である後白河法皇(ごしらかわほうおう)に報告しました。

そして、後白河法王の命令で、大円法師(だいえんほうし)が建てた光明院観勝寺(かんしょうじ)が安井金比羅宮の始まりです。

安井金比羅宮になったのは明治時代

光明院観勝寺は室町時代に起きた戦争である応仁の乱(おうにんのらん)(1467~1477年)で荒れてしまいました。しかし、江戸時代(1695年)に太秦安井(京都市右京区)にあった蓮華光院が今の安井金比羅宮の場所に移築されました。

その際、守り神として崇徳天皇、現在の香川県である讃岐(さぬき)の金比羅宮(こんぴらぐう)から迎えた大物主神(おおくにぬしのかみ)、平安時代の武士・歌人だった源頼政(みなもとのよりまさ)をまつりました。そのことから「安井の金比羅さん」と呼ばれ、多くの人に親しまれるようになったのです。

明治時代になってからは蓮華光院をやめ、「安井神社」と名前を変えました。その後、「安井金比羅宮」に変わって現在に至ります。

安井金比羅宮の神様やご利益

安井金比羅宮のご利益は「悪縁を切って良縁を結ぶ」「海上安全」「交通安全」などがあります。メインの神様である崇徳天皇は、讃岐にある金比羅宮に全ての欲を断ち切ってこもられたため、安井金比羅宮は物を断つお祈り場所として信仰されてきました。

男女の縁、病気、タバコ、お酒、ギャンブルなど、全ての悪縁を断ち切って良縁を結ぶご利益があります。崇徳天皇と一緒にまつられている大物主神は、海上安全や交通安全のご利益があると言われており、魚釣り、船旅、海で行うスポーツ、鉄道、車、バイクなど、全ての海上・交通の災いから守ってくれます。

縁切り縁結び碑

安井金比羅宮にある「縁切り縁結び碑(いし)」はとても有名です。高さ1.5メートル、幅3メートルの大きな石で、真ん中の穴を通ってお願いごとをするという個性的な石です。

縁切り縁結び碑の参拝方法

参拝の作法を紹介すると、まずは本殿(ほんでん)をお参りしましょう。次に「形代(かたしろ)」という身代わりのお札(おふだ)に願いごとを書きます。

形代を持って願いごとを念じながら、碑(いし)の穴をくぐります。最初は表から裏へ、次に裏から表へくぐり、最後に形代を碑に貼ります。

ただし、京都でも有数の人気スポットであるため、行列は覚悟しなければなりません。時間にゆとりを持って参拝しましょう。

 

安井金比羅宮(縁切り神社)のお役立ち情報

安井金比羅宮

観光客のAさん
観光客のAさん
参拝に役立つ情報はありますか?

はい、観光お役立ち情報を紹介します。
神主さん
神主さん

安井金比羅宮のお役立ち情報を紹介します。安井金比羅宮に参拝する際の予備知識としてください。

  • 安井金比羅宮のお礼参り
  • 安井金比羅宮の御朱印
  • 安井金比羅宮の体験談
  • イベントや年中行事

安井金比羅宮のお礼参り

安井金比羅宮ではお礼参り用の絵馬があります。もしも願いが叶ったらぜひお礼参りに行きましょう。お礼参りは、まず本殿を参拝して願いごとが叶ったことを報告しましょう。

そのあと、「お礼参り絵馬」にお礼の気持ちを記入すると良いでしょう。参拝だけでも良いのですが、お礼参り絵馬に書けば、より丁寧なお礼参りとなります。

安井金比羅宮の御朱印

安井金比羅宮の御朱印

安井金比羅宮の御朱印は授与所(じゅよしょ)で書いてもらえます。授与所は社務所(しゃむしょ)にあり、縁切り縁結び碑の真ん前です。お守りなどが売っているのですぐ分かるでしょう。御朱印の受付時間は午前9時から午後5時30分となっています。

安井金比羅宮のオリジナルの御朱印帳は2種類です。「崇徳天皇の和歌が書かれた御朱印帳」と「藤の花が描かれた御朱印帳」の2種類があり、いずれも1800円で販売されています。御朱印帳の通販や郵送対応はしていません。御朱印の値段は300円です。

安井金比羅宮の体験談

安井金比羅宮の体験談をインターネットで調べてみると、さまざまな声が上がっています。まとめサイトなどではなく、SNSで生の声を調べてみると、厄介なご近所さんとの縁切り、職場の人との縁切り、男女間の縁切りなどいろいろな投稿があります。

願いが叶ったかどうかは定かではありませんが、お礼参りに行きたいという声も多いため、一定数願いが叶っているものと思われます。

動画投稿SNSでは、縁切り縁結び碑をくぐっている瞬間の投稿も多いため、事前にその様子を確認することも可能です。

イベントや年中行事

安井金比羅宮は年間をとおしてさまざまな行事が行われますが、特に有名なのが「春季金比羅大祭(しゅんきこんぴらたいさい)」「櫛まつり(くしまつり)」「秋季金比羅大祭(しゅうきこんぴらたいさい)」の3つです。

春季金比羅大祭は5月10日に行われ、縁切り縁結び碑の前で護摩木(ごまき)を焚き上げます。護摩木(ごまき)という木を焚火(たきび)のように燃やす行事で、この日はお茶席やおでんのお店も出ます。

櫛まつり(くしまつり)は9月の第4月曜日に行われ、使い古した「櫛(くし)」や「かんざし」を供養するお祭りです。拝殿(はいでん)という建物で伝統的な「黒髪」という踊りが行われ、そのあと時代行列が神社周辺をねり歩きます。

古墳時代から現代の舞妓(まいこ)さんの髪型まで、さまざまな時代の髪型をした人の行列は、日本の歴史を物語る行列となっています。ただし、雨天の際は中止ですので注意が必要です。

秋季金比羅大祭(しゅうきこんぴらたいさい)は、行事ごとに10月1日と、体育の日前々々日~体育の日の間に行われます。

安井金比羅宮の行事で最重要のお祭りで、屋根に鳳凰(ほうおう)の飾りがある天子の車や、宝船をモチーフとした花車などが出てきます。

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安井金比羅宮(縁切り神社)の交通アクセス・拝観案内

安井金毘羅宮の入り口

観光客のAさん
観光客のAさん
安井金毘羅宮への行き方が分かりません。

交通アクセスや参拝情報を紹介しますね。
神主さん
神主さん

安井金比羅宮の拝観情報を紹介します。参拝前に確認しておきましょう。

  • 安井金比羅宮の参拝時間
  • 交通アクセスや駐車場
  • 安井金比羅宮の地図

安井金比羅宮の参拝時間

上記にて、御朱印の受付時間は午前9時から午後5時30分と紹介しましたが、参拝自体は24時間可能です。縁切り縁結び碑も24時間祈願することができ、形代は形代授与所(かたしろじゅよしょ)に終日用意してあります。

交通アクセスや駐車場

安井金比羅宮の行き方は、市バス「東山安井」駅から徒歩1分です。また、京阪電鉄「祇園四条駅」から徒歩10分、阪急電鉄「河原町駅」から徒歩15分です。車の場合は名神高速「京都東IC」から約20分で、普通車専用駐車場があります。

安井金比羅宮の地図

安井金比羅宮の住所は、「〒605-0823 京都市東山区下弁天町70」です。具体的な場所は以下の地図をご覧ください。

 

【公式サイト】安井金比羅宮

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まとめ

安井金比羅宮は悪い縁を切って良縁を結ぶ神社で、京都でも屈指の人気スポットです。特に縁切り縁結び碑はとても有名で、常に行列ができています。お礼参り用の絵馬がありますので、願いが叶ったらぜひ感謝の気持ちを伝えに行きましょう。